第一巻
< 以下、( ) は柳瀬訳にある原括弧、[ ] は引用者によるルビおよび注。下線強調も引用者。なお逐一原文と対照しているわけではないことをお断りしておく >
I. すべてのはじまり、この物語の主題 [ 群 ] と物語全体の「円環」構造の縮小形としての提示。「巡り路を媚行し … 」の原文は、ダブリン東南の湾沿いに伸びる道路と、バッハの同時代人ジャンバッティスタ・ヴィーコとを掛けた語になっている。「棟梁フィネガン、どもり手フリー面相」の転落 [「ごっ墜男フィネガンのずってーん落」] および百語の雷鳴、フィネガンの埋葬と消えたフィネガンの亡骸。サー・トリストラム [ =トリスタン ] は、実在のホウス城主の名。
pp. 24 - 5, 「マクール、マクール、… 」は、伝説の巨人フィン・マク・クヴィル [ フィン・マクール ] との同化。「ごくごく極樽のギネスを頭 [ ず ] もとに」で、フィネガンの頭に樽からこぼれたギネスビールが降りかかる。
pp. 26 - 7, 「 … 弾薬庫壁の入口あたり、あのマギーちゃんが腹掛け違いの妹と一部始終を目撃してしまったところ。… 」は、次章で登場する H.C.E. がかつて犯したとされる「罪」についての仄めかし。「 … 饅頭塚はいまは石壁リントン国立博物館、… 管理女ケイト女史に心付けを」以降、話はおもにナポレオン軍と故国出身の軍指揮官アーサー・ウェルズリー両軍の対決した「ヴァーテルローの戦い」のパロディを軸に進む。
pp. 38 - 9, 「大冊命乃青書を離れ、 … 」ダブリンの歴史を記録した『四導師の年代記』とこの本の記録性 [ 青書 ] とを掛けている。その直前に『アイルランド来冦の書』のパロディ。キーナンバー 1132 [ とその半分の 566 ] の登場。
pp. 41 - 6, アイルランド土着民マットと侵入者ジュートの対決。「帽子をとかえ手」で互いの立場が入れ替わることを暗示。後半の挿話にも出てくるように、H.C.E. は北欧系植民者の血を引いている。先祖に当たる植民者のアイルランド土着化の歴史。
p. 55, 「おお、不死幸園の咎 ! 」、原文は ‘O foenix culprit ! ’ で、これは ‘O felix culpa ! ’ 、「おお幸いなる罪よ ! 」と書いたヒッポの聖アウグスティヌスのパロディ。
pp. 57 - 65, 「夜通 [ やつ ] ? イノチノミズだ ! / くそこんちくしょう ! 死ぬまで飲ませたんか ? 」はバラッド「フィネガンの通夜」末尾の行から。石工フィネガンの蘇り。「もう終わり之助の旦那 [ ‘Now be aisy, good Mr Finnimore, sir.’ ] 」:下線部は ‘Finn any more’ で、次章以降現れるのは Finn Again=H.C.E. なので、「ほらほら落ち着いて、あんたは品ある男じゃないか、… 永久に安らかになあ ! … さあ、あんたは休むんだ ! もはやフィンはあらず ! 」と言われてふたたび葬られる。
「どぶリンの初いとしいリフィー」=「あばずれアンナ、雨連れアンナ」=A.L.P. 、H.C.E. の奥さん、あるいはダブリンを貫流する「母なる」リフィー河。アナ=アンナで、太古ケルト人の信仰の対象だった大地母神アナもしくは聖母マリアの母アンナなども彷彿とさせる。
II. あたらしいフィネガンは「 HCE の署名があり … 」で暗示。p. 72, 「そして彼は、ルカリゾットの飢えがりーな痩せこけ宿無したち … 同等に確かに、民たちの快い気質がそれらの名称文字の意味として与えた仇名は、営地司位威々こと … 万仁来太郎であった」でハンフリー・チムデン・イアウィッカーの登場。
p. 75. 「エッサイ合財、シャロン野薔薇 ! 」には「エッサイの株より出て」が響く。
pp. 84 - 101, 「名は糖蜜トムが、… その血乳兄弟の潑剌ショーティ … 」の寝言から「小商い破産現金呉服屋の番頭ピーター・クローラン ( 解雇 ) 、ついで住所不貞の元私設秘書オマーラ」が H.C.E. の公園での一件を触れ回り、ついには「星めぐりの悪い浜めぐり芸人ホスティ」によってバラッドにされ、H.C.E. の悪い噂は尾ひれがついて巷に広まる。「この、もっと厳格には美少女あるいはやつの ―― わたくしめの ―― 唄は、まずリヴィア騒流域と象駕籠奉ス背こぶ丘で歌い継がれ、 … 」。
以降章末までがその「パース・オライリのバラッド」。「ハンプティ・ダンプティ」=H.C.E. 。
III. H.C.E. のアイルランドからの逃亡とその後の運命が、ホスティの作ったバラッドを広めた芝居小屋の役者たちによって語られる。
p. 103, 「ひとり群れのなかシュラルーンとさまよいて、… 」に、古謡「シューラ・ルーン Siuil A Run 」が響く。p.108, 「幕山の祠」は孔子の両親が男子の誕生を祈願した地と同定される。
pp. 121 - 26, 「放埒の親父、規律のルツ、… 淫多謬の最中」ダブリン市民たちの H.C.E. についての TV 局の取材。
pp. 127 - 8, 「ア弩リアの超怒級の疾風を越え、乞食大師と衣着がかり上の手がかり交わし、… 」「罪」を犯した H.C.E. はどうもアドリア海の反対側へと逃げ、その後「小ブリテン」へと逃げたらしい。そこで出食わした「この不可知の攻撃者 ( 仮面男 ) … 」に襲われる。暴漢=双子兄弟の息子ショーンか ?
p. 130, 「めくら豚かなんかがぶったんばったんやってるみたいにぶっ叩くのが聞こえ … 」以下、店を開けろと扉を叩く客によって「悪夢」から目覚める H.C.E. 、ともとれる。
pp. 141 - 47, 「とある獨軼の商売顧問員」に損害賠償を求められ、113 もの嘲りの名前でまくし立てられる。
IV. H.C.E. [ ここでは長老王フェスティ ] の監禁、死と裁判。「アブラハムの高地にもうひとつの春攻めが … 水墓に三月 [ みつき ] モナドいなかったうちに … 」アイルランド神話に出てくる「キン [ 太陽神ルーグの父キアン ] 」のように「七度埋めて」もらった。
p. 159, 「恋文」は、次章で出てくる雌鶏がゴミ溜めから掘り出す A.L.P. の手紙を暗示。
p. 163, 「あのクライスト教会オルガンのあの管内のあの鼠追うあの猫みたいにしつこくて … 」は、枝葉末節な事実にも徹底的に拘ったジョイスなので、たぶんほんとうにそんな猫がいたんじゃないかと思う。
*重要な追記:[ やはり、モデルとなった猫と鼠は、実在していたようです → The Dublin Diary ブログ内関連記事へ ]
pp. 161 - 67, 正体不明なふたりの男の取っ組み合い。H.C.E. の双子の倅か ?
「彼はまずアッラーどっこいホッレーショーといくつか口逐して、… 」は、たぶん『海の男ホーンブロワー』シリーズに出てくるホレイショ・ホーンブロワー。
p. 170, 「愛蘭九百九十九年の平原に接する海にあり … 」は、999年のブライアン・ボルーによるアイルランド南部統一の暗示。
pp. 173 - 4, H.C.E. と「長老王フェスティ」、「ティキング・フェス」とが同一人物らしいことが暗示される。以下のフェスティ王の裁判は、『狐物語』のルナールの裁判も想起させるものの、登場人物の境界線さえ曖昧模糊となる。
pp. 178 - 185, 「一同の長老王、杭打ちフェスティ」とその「ヒアシンス ( =ヒュアキントス・オドウネル ) 」の裁判と結審。「かくてすべてが終わった。… 」以下、けっきょく事の真相は闇のままで、ダブリンの屑拾いケイト・ストロングがモデル [ ? ] の「雌鶏」がゴミ山から発見した「あの手紙」が引き出される。「なあんだった」以下、原文は ’What was it? A .......... ! ? ..........O!’ で、「アルパからオメガ」、つまり人生そのもの、あるいはこの世におけるすべて。
p. 190, 「黒熊ブルー膿」は、ジョルダーノ・ブルーノを暗示。ジョイスはブルーノの思想からも影響を受けていた。
pp. 197 - 201, 「散議女 [ さんぎめ ] 」たちが A.L.P. のこと、手紙のことを知りたがる。
V. 雌鶏が「ジュート塚」=「肥え場」=「肥え山」から掘り出した「手紙」が主題。
p. 213 - 17, 「優しいお禽さん」=「かの原罪雌鶏」=「ドーラン家のベリンダ、五十越え」=「ビディ・ドーラン」。以下、しばらく「槍剥ぎ男爵先生」による「手紙」の分析がつづき、写真術などの新技術についても諷刺される。ベリンダの名は A.ポープの諷刺詩に登場するヒロイン名から。
p. 216, 「茂みのなかで迷ってしまった気分だろうね、きみ ? 」は、有名なダンテ・アリギエーリの『神曲 地獄篇』冒頭部 [ 第一歌 1 - 3 ] から。
p. 234, 「ぎこちない音楽家性が、ポダトゥス譜号と同じくらい … てんてこ遁走十砲 ( とほう ) カノンほどの … 」、ポダトゥスはグレゴリオ聖歌などのネウマ譜に出てくる連結記号、十のカノンは「律法」の数からか ?
pp. 237 - 8, 「手紙」本文は「原文書は … ( 原文ママ ) 的時間 !? 」まで。「型が四種のこうした紙傷は … 理解され、… 」では、『ケルズの書』に出てくる 4 つの終止符を暗示。「手紙」と『ケルズの書』との比較[ p. 235 以下はとくにファクシミリ版『ケルズの書』に序文を書いたサー・エドワード・サリヴァンのパロディになっている ]。
VI. 12 問からなるクイズ。主として解答者は「書簡運搬人ショーン・マック・アイアウィック」。
p. 270, 「答 衝迯万華鏡 [ しょうとうまんげきょう ] ! 」、原文は ‘Answer : A collideorscape ! '。ぶつかって遁走する万華鏡とは、あらゆる事象は衝突し、たがいに干渉しあい、様相は刻々さまざまに変化してたちまち消え去り、つぎのものが出現するといったことの繰り返し、円環なのだとするジョイスの考え方が現れている。日本風に言えば、「もののあはれ」に近い発想かも。cf., 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし … 」鴨長明、『方丈記』冒頭部。『フィネガンズ・ウェイク』でジョイスが駆使した「ジョイス語」は「夢言語」であると同時に、刻々変幻自在にかたちを変える「水のような言語」でもある。ジョイス自身、この「ことばの流体性」について言及している。
VII. 初期稿「筆男シェム」として発表された章。ショーンから見た双子の片割れシェムについて書かれた章。
pp. 318 - 322, 双子の片割れショーンによるシェムの風貌および人物描写。
pp. 323 - 28, 「更に又、その頃一般に … リフイ川に身を投じなかつたし … それどころか電報を打つたので … 何とかして呉れ、無銭飮食中」は、絶望してリフィー川に身投げでもしたかと思われていたシェムが、パブからショーンに助けを請う電報を打つ、という場面。
p. 346, 「初メニ創リ手ニシテ … ( オライアンの払拭インクである ) 」。まで、原文はラテン語で書かれた箇所で、ようするにシェムが創作行為と称して口にするのも憚られるような怪しい術 [ 錬金術 ] をおこなっているため。
p. 336, 「エクルズの靑本」=「昼の書」『ユリシーズ』初版本を暗示。初版本の表紙は青。
pp. 337 - 340, 非難はシェムの分裂症的作家生活におよぶ。「あらゆる報告束によれば … きんきん聲で歌ひ出し … 彼のペラ擬薄な剽窃筆のこの病的な過程から … 」では作者自身も痛烈なパロディにされている [ ジョイスはダブリンにいたころ、テノール歌手になろうとしたことがある ] 。ペラギウスは 4 - 5 世紀にかけてブリタニアで活動した伝ブルターニュ出身の修道士で、いわゆるペラギウス主義の異端の主導者。
pp. 361 - 363, 「慈悲」以下、語り手が入れ替わってさんざんこきおろされてきた筆男シェムになり、自分たちの母親 A.L.P. について語る。
VIII. リフィー河の河畔で会話するふたりの「洗濯女」の章。冒頭の「O / 話しておくれよ / アナ・リヴィアのことを ! なにもかも聞かせて」はラムダ Λ 型に配置され、『ケルズの書』と同様、A.L.P. の表象を視覚的に訴えている。
p. 373, 「耳を瀉 [ かた ] むけてよ ! 淦 [ きん ] 聴 ! 」にも、原文にはじつは欧州大陸の河川名が溶かしこまれていたりして … ( 苦笑 ) 。↓
[原文]Yes, yes! Idneed I am! Tarn your ore ouse! Essonne inne!
lesson one + listen in + inne - in; inn + Essonne - 97 km long French river + Inn - river in Switzerland, Austria and Germany.
pp. 373 - 4, 以下、太字部分が洗濯女が「又聞きした」かぎりにおける A.L.P. の「手紙」の内容。
pp. 376 - 79, 話はいつしか脱線して A.L.P. の幼時体験へとひろがる。「ナ [ マ ] ノン・レスコー」が暗示するように、彼女は幼女のころから奔放だった … らしい。「もっぱら外寝のカラッハ男、… 」のカラッハは、競馬場で有名な草原地帯。伝統漁船の網代舟カラハ / カラフも響く ?? いずれにしてもアイルランド人を表象。
pp. 385 - 95, 「 … 郵便袋を肩に引っ掛けて、アナ・リヴィアは牡蠣顔をして川尻をあげたというわけ」以下、亭主をやりこめた手合いに対する A.L.P. の仕返しと、111 にもおよぶ「仕返しの贈り物一覧」。
pp. 397 - 403, 「ほらほら、日暮里になってきたじゃない ! あたしの高梁 [ たかはし ] が根羽 [ ねば ] ってきたわ … だんだん阿寒になってきたわね。… 」以後、日暮れとともにリフィー河は川幅を増し、ふたりの洗濯女はたがいの声もとぎれとぎれになり、巻末の「あたし足が苔て鵜ごかない。… 」以下、ついにはそれぞれ楡の樹と石になる。なお p. 400 「… 、例の四人の老いぼれの飼ってる灰緑色の驢馬でしょうよ。ターピーとライオンズとグレゴリーの田老たちのことかい ? … 」は、第二巻で登場する影の主役「ママルージョ」四老人の暗示。
第二巻
I. H.C.E. と A.L.P. の 3人の子どもたちによる「マイム」劇。初期稿は「ミックとニックとマギーたちのマイム」という題で単独で発表。グラッグ=シェム、チャフ=ショーン、「双子座」で双子兄弟を暗示。アンの配る「洗足金貨」は、かつて王室が貧民に与えていた救援金。フローラたち=「聖ブリジッド花嫁学校」の 29人のガールスカウト。イゾッド=イシー、アン=A.L.P.、ハンプ=H.C.E. 、12人の顧客たち=H.C.E. の店の客、ソーンダソン=飲み客の相手をしている雇われ人、ケイト=H.C.E. 家のお手伝い。
p.13, 「文字もじオガム之父」、アイルランド西海岸地方に残る「オガム文字」のこと。
pp. 16 - 7, 「 … ボーイ惚レンドが悪魔でも詩掛人として登場し、… 乙女らの色いろを視測でみずから当てなければないないのをどうしようかと思い沈む」は、目を酷使してものを書いているシェムは目が悪い (「しばたき目の弱視」) ゆえに、少女たちが出題する「色当てクイズ」に答えられない。ここでシェムは悪魔、つまりごっこ遊びの「鬼」の役回り。
p.19, 「彼女らの世はすべて善き振る米 ! 」の原文は ’All's rice with their whorl!’ で、ブラウニングの詩 Pippa Passes ( 1841 ) の ‘All's right with the world !‘ のもじり。
pp. 22 - 29, 己が身の薄幸を嘆くシェムはそのまま作者ジョイスの心情にもつながるが、「彼の口ほおばったい恍惚は … ここにて痛膊に ( 歯 [ し ] まった ! ) 」知恵歯の齬根をピンポンと貫き … 」で、歯痛に襲われる。
p. 34 - 6, 「そしてとんずら、この迷惑男」で、再度、色当てに失敗したシェムは「遁走」。「聖歌番号二十九」から、チャフ=ショーンを讃えて歌い出す。
p. 40, 「われらのメッセン状ボーイ、当代切手のやさ男 … 」は、書簡運搬人ショーン。
p.45 - 7, 「彼」=シェム、「哀れな愚ラッグ」。「墓に横たわっていた」が、反省して再び現れる。日はとっくに暮れている。
pp. 63, 「窓へ … 頭上をあっぷあっプ、」は、クイズのこたえの「ヘリオトロープ」。「お門違い」で、シェムはけっきょく当てられず。
p. 75 - 6, 「雄鶏御大の女房鶏が … 」A.L.P. が、娘たちと子どもたちに家へ帰るように言う。
p. 79, 「ルサカバハヘミナリオヤジガトヲシメイテロ … 」H.C.E. がドアをバタンと閉める音。
II. パブの階上にあるドルフ=シェム、ケヴ=ショーン、イシーの勉強部屋にて。
p. 83 - 8, パブにもどるまでの道程。
この章では、双子兄弟は向きあって ( F ) 歴史、幾何学、52 の神話的・歴史的人物について、その中から選んで作文を書く課題をこなさなければならない。上段の書き込みはシェム、下段のはショーン。欄外の書き込みは妹イシー。
p. 171 以降、ふたりの書き込みは上下逆転する。
pp. 171 - 186, ユークリッド幾何に擬せられた、自分たちが生まれてきた母親の「胎」の図。
p. 209, 「われらは三叉路と四つ辻にて日をすごし、… 」は、中世大学における三科と四科。
III. H.C.E. のパブ。12人の客 ( フィン党 … フォーン蕩 ) が、「十二審空管 … 議音聴取機」を差し出して、このラジオから流れる「ノルウェイ人船長と仕立屋カースの娘」と「クリミア戦争のときにバックリーが撃ったロシア将軍」の話をサカナに入れ替わり立ち代り、だれがだれだか判然としないまま話が進む。
p. 218, ピアラス・オライリー=パース・オライリー。
p. 222, 「カース」はケルト系言語における K と P の混同。パース・オライリーつまり H.C.E. のこと。
p. 229 ; 239, 「背虫のいいやつ」、「背こぶの … 」。H.C.E. は背中にこぶがあり、「ノルウェイ人船長」の背にもこぶがある。ダブリンにやってきたヴァイキングの植民者を暗示。
p. 259, 「トントン。誰だ、いかんせん争騒しい ! いかん、戦争 ? 双闘なやつら。トントン」は、双子兄弟の争いを暗示。ジョイスの説明によれば、戦争の起源は双子 [ カインとアベル ] にあるとした。
p. 274 - 306, バットとタフの会話。タフの質問に戦場に行ったというバットがこたえる。
p. 292, 「第九品の似ールものなきニヒリストで … 」は、「9人の人質のニアル」を指す。
p. 305, 「おれは矢も盾もたまるかとばかりに弩っ起あがった。… 」以下、アイルランド兵バックリー=バットが将軍を撃つ。
pp. 317 - 8, TV 番組の終了、酔客が H.C.E. の過去の行状を責めはじめる。合間に H.C.E. の自己弁護の声が混じる。
p. 339 - 40, 「鴨目の衰兵衛さん」は、閉店時間を監視しに来たサクソン系 [ ? ] 巡査。客を追い出す H.C.E.。この巡査はまた H.C.E. の店の下男でもあり、このへんの関係がややこしい。
p. 341, 「樹雨の木更津から色貝の石廊崎まで、銭っこくすねる若造いない、… [ From Dancingtree till Suttonstone There's lads no lie would filch a crown To mull their sack and brew their tay With wather parted from the say. FW, Book II-2, p. 341 [p. 371] )。‘Dancingtree’=ダンシング貯水場、’Suttonstone’=ダブリン市街地とホウス岬とをつないでいる地峡名。
→ 参考までに宮田訳:「ダンシングツリーからサットンストーンまで、嘘じゃない、若者は金をかっぱらい、袋をかき混ぜ、海から分かれた水で茶をいれる [ p.407 ] 」。
p.343, 「四老合 [ しおあい ] のものたちは … 」は、次章「ママルージョ」に出てくるマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネを思わせる「ママルージョ」四老人。
p. 344, 「 … あの弥汚いコートの異羊な恰好を隠して」いるのは H.C.E. のこと。
IV. 初期稿は「ママルージョ」と題され、単独で発表。
pp. 364 - 5, 「四大四 [ よんたいし ]、愛蘭を書き寄せる四主濤」が、第二巻最終章の語り手。新約聖書の福音書記者とおなじ順番で登場する。それぞれの名前は、「老マタ・グレゴリー」、「老マル・ライオンズ」、「老カ・ターピィ」、「老ハネ・マクドガル」。キーナンバー ’1132’ がもっとも多く登場する。下敷きになっているのは、アイルランドの悲劇的な歴史と、「トリスタンとイゾルデ」の物語。冒頭の「マーク大将のために三唱せよ、くっくっクォーク ! 」は、鴎となってトリスタンの船に伴走して飛ぶ「ママルージョ」四老人の声。
p.372 - 3, 「痾ルスター、痲ンスター、攣スター、痼ナートのな、」は、それぞれママルージョ四老人に対応。最後のコナート [ コナハト ] は、老ヨハネ。
p. 376, 「1169」アングロノルマンの侵略者ストロングボウのアイルランド上陸の年。
第三巻
I. 四老人の引き連れているらしいロバが語り手。以降 III 章まで「書簡運搬人ショーン」を軸に話は進む。
p. 9 - 10, 「四五もりの夜籠れる五十三 [ いそみ ]の磯回 [ いそみ ] の ( きっと ) 十二の」、「 … 零時にけたたましい雌ギツネの嗤い声を耳にしたとき真夜中の鐘の音が可愛い老いぼれ斑点教会の鐘楼から … 」は、おそらく真夜中、午前零時ごろを告げる時鐘の音。
p. 12, 「RMD 現金 [ げんなま ] 即金」RMD=Royal Mail Dublin 。
pp. 16, 「序と始めの衆 ! 」以下、p. 56 まで、民衆の前に立ったショーンに 14 の質問と「歌を歌って」という懇願がつづく。うち、8 番目の質問でショーンはイソップ寓話の「蟻とキリギリス [ 「蟻心殷鬼オンドトと栄陽蟋寵グレースホーパーの譚」] 」を語る。この部分の初期稿は第一巻 VI の一部と合わせたかたちで単独で発表された。
p. 17, 「( 聢 [ しか ] とかように清らかな晴れ透稚麗なおのこの雲間にてナンジペテロなりの凡天使のパンを歌ったことのなく、… )」の原文は ‘and cert no purer puer palestrine e'er chanted panangelical mid the clouds of Tu es Petrus’ で、ことによったらセザール・フランクの「天使のパン[ この聖歌作者はトマス・アクィナス ]」も響いているかと。
p. 31 の擬音語の羅列はショーンの咳払い。
p. 42, 「だが、ホーリィや聖塩撒ーティン、」は「居酒屋の亭主の守護聖人」でもあるトゥールの司教聖マルティヌス。
pp. 52 - 3, 『フィネガンズ・ウェイク』10 番目にして最後の「百一文字」からなる雷鳴。キャンベル / ロビンソン共著『「フィネガンズ・ウェイク」を開く親鍵』によれば、雷鳴の命名こそが人類最初の「原始的言語」であり、ショーンはそのような破壊的な力を秘めるシェムのことばを恐れている、と解釈する。雷鳴はショーンが「あいつの根暴な言語」の持つ「喝と理屈の爆弾」みたいなシェムのことばがきらいなのだと言い、十字を切って身を清めた直後に起こる。
pp. 56 - 61, 「渠 [ かれ ] の顋 [ あご ] はいくさかのむすぎて … 」以下、酔って眠気を催したショーンが大樽に入り、そのまま丘を転がり河へ落ちて流される。残された皆は、「われらいにしえの国の者が、おすましショーン君よ、きみと別れるにしのびないというのは … 」で、ショーンを悼む。
II. 「川流れ」のショーンが流れ着いた場所には「ベネント・セント・ブリジッド国立夜学出の二十九人もの生垣娘」が、忠告を無視して「土手っぷちに腰をおろし」ていた。ここでショーンは変容して「陽気もんのジョーンティ・ジョーン」といういかがわしい司祭になっている。彼は 29 人の女学生相手に説教をはじめるが、そこで「最愛の妹」イジー [ イシー ] がいるのを認める。
p. 67, この箇所にかぎったことではないが、ギリシャ神話の「カストールとポリュデウケース」の言及が多い。むろん反目しあっている双子兄弟シェム / ショーンの暗示。
pp. 82 - 4, ジョーンによる、良書と悪書の話。「神聖喜劇人デンタル・アリゲライオンの … 包凹 [ ほうおう ] となら地獄もなんの ( 少年向け ) 」は、ダンテ・アリギエーリの『神曲 / 地獄篇』に出てくる「地獄に堕ちた教皇」を下敷きにしている。「少年向け」も、フランシス・フィン師の子ども向け小説のタイトルから。
p. 86, 「ブラームのロバみたいな大声で祈ななき … 」は、「民数記」22 : 21-35 に出てくる「バラムとろば」から。
pp. 96 - 100, 「スリムっちり女 [ め ] よ、」から「ああ見ん」まで、ショーンによるダブリン市改善計画の話。
pp. 118 - 127, 妹イシーの分身「吾女 [ われめ ] 」が話しだす。
pp. 128 - 132, 「しかしわが内的男の独白音 [ ね ] は忘れはしない、というのもおまえの慰めのためにわが愛する代理人をおいていくからだ、はぐれの舞男デイヴ、鱗神経の逃亡人、ぼくの古き友でもある男さ」で、ショーンは別れ際に自分の代理人デイヴを置いていく。デイヴは「ポル尖った赤ら鼻 … ラムネ瓶底まなこをして年くったみたいに … ごろつきまなこを黒眼帯で隠して、 … 」と、故国を離れて大陸各地を転々とするジョイス自身の姿が投影される、双子兄弟シェムを指す。
p. 131, 「フェロかかなたの島流し目にしてやるがいいや」にはフェロー諸島が響く。原文はたんに ‘Give him an eyot in the farout.’ 。eyot = ait - a little island, islet.
p. 146, 「 … かたや平和の騒女たちは舞姫契りの腕を左回りに振って ( フリーダ ! … ) 」では、29 人の女生徒の口から各国語による「平和」が繰り出される。
pp. 147 - 151, 「ホーン」=ジョーン=ショーン。「恋の疾風に吹っ飛ばされ … バケツっ走りにあとを追い、… 」で、ショーンは風に飛ばされた「生垣緑縁のバンガロー風邪ボルサリーノ帽」をつかまえようと走り去る。「おまえのいまや仄暗くなりかけた光の流費ルンとするのをわしらは二度と目にすることがないやもしれぬ。… 」と、どこかから見ているらしい語り手 [ ママルージョ四老人か ? ] が呼びかける調子からして、ホーンはショーンの魂らしい。
III. ここではショーンはヨーン [ Yawn, 「あくび」 ] として「半昏睡のうちに嘆きつつ」、丘の上に「低く横たわっていた」。ロバを連れた「四元老」、「ママルヨ [ ママルージョ ] 」が現れ、『ガリヴァー旅行記』よろしく巨人ヨーンをつかまえて尋問する。ヨーンの横たわっている場所は、「コンの半分にあるがにもかかわらず … オーウェンモアの四分の五地にある」。「コンの半分」... 「百戦のコン」は 2 世紀の人。マンスターの覇者エオガン・モールと戦い、その結果タラの丘でアイルランドの「北半分」を治めることになり、南半分はエオガン・モール王 Eogan Mor が治めることになった。コンの取り分の北半分が「コンの半分 [ Leath Cuinn ] 」と呼ばれ、のちのウィ・ニアル一族などが支配した。南半分は「エオガンの半分 [ Leath Moga ] 」と呼ばれ、彼を自分たちの始祖と主張するオーガナハト一族が支配した。オーウェンモアは、南半分の取り分を自分の五人の息子に譲渡したことに由来する ―― 英語版 Wikipedia および『ケルト事典』から。ヨーンの話の内容はおもにシェム、両親のA.L.P. と H.C.E. に対する非難。
p. 161, 「フォッグルートの森」聖パトリックが十代のときに奴隷として羊番をしていたメイヨー州にあるフォクルートの森。
p. 163, 「四本マストのバーケンティン舩 [ せん ] … 」は、洋式帆船の艤装方式のひとつ。
p. 165, 「慇懃な猟簡 [ りょうけん ] さ」は、『狐物語』に出てくる、ルナールにだまされる犬を暗示。
p. 206, 「怒ン鳴ーりブルックの喧雷火きつり」は、ダブリン郊外の地名 Donnybrook。 Donner (d) - thunder ; Brucke (d) - bridge.
pp. 275 - 284, は、ヨーン尋問の場に割って入ってきた H.C.E. の自己弁護の声。それを伝える BBC の放送でしゃべっているのは、「前大佐、名はセバスション」。
pp. 285 - 317 まで、四老人の声をはさんで H.C.E. の自己弁護と「政治家としての自分の功績」について長広告がつづく。一介のパブの親父 H.C.E. は、かつて自分はダブリン市長だったと言い張る。ときおり、弁護する A.L.P. の声。この部分の初期稿は『いたるところに子どもあり Haveth Childers Everywhere 』というタイトルで発表された。
IV. 芝居仕立ての最終章。夜明け前のポーター一家の情景。夫婦の寝室を徘徊しているらしい例の四老人が語り手。福音書記者の順番で、フーガ主題のように各人の発言が入ってくる。冒頭の「… 柔化する、下がー土する、眩む淋する」は、ヘンリー二世がヴァイキング入植地から形成したダブリンの四つの領地および教区。
p. 322, 「いい子のケヴィン・メアリーが … 」ケヴィンは聖ケヴィンで、ここでは隠遁したショーンと同化されている。ケヴィンが本格的に登場する第四巻の内容を暗示。「悪い子のジェリー・ゴドルフィン」は、シェム。
pp 328 - 338, マタイらしき老人の科白。
pp. 338 - 341, マルコらしき老人の科白。
pp. 355 - 362 では H.C.E. が「ホヌフィリウス」、A.L.P. が「アニータ」と呼ばれ、にわか裁判の場に変化する。裁かれるのは、「近親相姦的誘惑」など、人間の内面意識の暗い側面。
p. 359,「D ユー D … 」は、模造品の意。
p. 373, 「あいつのものモノリスしい単神話めき ! ああ、ほうかい ! 」は ‘And his monomyth! Ah ho!’ で、比較神話学者 J.キャンベルの言う「モノミス[ cf.『千の顔をもつ英雄』 ]」はこれをそのまま借用した用語。
p. 380, 「凝りこけこっこー ! 」は夜明けを告げる鶏の声。
p. 390, 「ファイヴズコート」は、ひょっとしたらダブリン中心街にある四つの裁判所を要する建物のあるフォーコーツ [ Four Courts ] 区か ?
第四巻
I. 単一章のみで全巻が閉じられる。A.L.P. はいまやホウス岬を頭にして横たわる伝説の巨人フィン・マクールとなった H.C.E. と、あいだに位置するダブリンを東へと貫流し、H.C.E. とダブリンに別れを告げてひとり清濁すべてを伴って、ダブリン湾の「海泥と塩酔いになって」、「ずーっとひとすじにおわりのいとしいえんえん」と還流してゆく。
p. 395, ラジオから流れる石鹸の宣伝。おなじ石鹸の広告が『ユリシーズ』にも出てくる。
p. 398 - 9, 「鯉コークへ、… 着ル毛ニーへ、」まで、26 のアイルランド四地方の州名・地名が並ぶ。
p. 412 - 420, グレンダロッホに隠れたショーン=ケヴィンについて、教会用語を散りばめて語られる。
pp. 426 - 29, ミュータとジューヴァの対話が割りこむ。「あれは菊の紋切紫檀君のご上陸よ」で、伝統的に AD 432 年と伝えられている聖パトリックのアイルランド来島を暗示。ここでふたりはパトリック対ドルイドの対決を競馬仕立てで見守っている。おそらくドルイド=シェムの夢想家的思想、パトリック=ショーンの現実的思想との対決ともとれる。「場ッ躯励起」は、南西部の国教会主教ジョージ・バークリーのもじりで、ロシア将軍を撃ったバックリーともとれる。
pp. 437 - 446, 「拝啓。… アルマ・ルヴィア、ポーラベラ」までが A.L.P. の手紙。「追伸」以下、最終ページまで A.L.P. 独白がつづく。「朋巣の偉丈夫さん」は、H.C.E.
‘Finn, again! Take. Bussoftlhee, mememormee! Till thousendsthee. Lps. The keys to. Given! A way a lone a last a loved a long the '